アナタは
- ビジネス書をいっぱい読んだけど、身になってない…
- たくさんビジネスの本あるけど言ってることがみんな違ってて何が大事かよくわからん…
- 「これだけは読んで損はない!」ていう鉄板のビジネス書って無いかな?
と、ビジネス書迷子になっていませんか?
書店に行っても、Amazonを見ても、世の中にビジネス書って無数にある。
流行り廃りも早くて、次から次へと新しい本が出てくる。
もうどれを読んだらいいものやら。
そんな無数にあるビジネス書の中でも、誰もが一度は読むべき
鉄板と言えるビジネス書があります。
その本の名は「論語と算盤(そろばん)」で
著者は渋沢栄一。
約100年ほど前の人物ですが「日本経済の父」とも呼ばれるスゴイ人です。
今年(2021)は大河ドラマの題材になっていますね
渋沢栄一氏が論語と算盤で何を伝えたかったか。
この記事がその理解の一助になれば幸いです。
・「最低一冊これだけは読んでおけ」というビジネス書を知りたい!
・論語と算盤、気になるけどどんな事が書いてあるのかな?と思っている人
現代人こそ読むべし!世界を良くすることとお金儲けをすることは両立できる
論語と算盤で伝えたいこと。
それは
- 「商売をするならまっとうな方法でやる」
- 「お金儲けは悪いことじゃない」
- 「世の中を良くすることと、お金儲けは両立できる」
ということ。
「なんだ、当たり前じゃん。笑」
と思いましたか?
そうですよね。
ごく当たり前の話です。
なぜこれを改めて言葉にするかというと、多くの日本人には「呪縛」になっている悪い考え方があります。
「儲けようとするのは悪人。善人は儲けなんて気にしない」
「金持ちはみんな悪いことやってる」
「とにかく、お金儲けは悪いこと」
アナタも、どこかでこんなふうに思っていたり、または両親や学校から教えられたりしたことはありませんか?
実際に言葉で言われた人もいるかもしれませんし、無意識のうちにこう思うように教育された人もいるでしょう。
または、
「仕事はカネじゃないんだよ(ドヤァ)
とか。。笑
ハッキリいいますが、これらはすべて間違っています。
もうちょっと柔らかく言えば「正確さにかける。誤解を招きやすい」
ということ。
繰り返しになりますが、お金儲けと心の正しさは両立します。
そのシンプルな事実について全10章に渡って伝えてくれるのが約100年前の人物である渋沢栄一氏の著作、論語と算盤。
どんな内容なのか、見ていきましょう。
…と、その前に軽く渋沢栄一の略歴と、論語についてをご紹介。
詳しくはそれぞれたくさん著作があるので、ご参考までに。
渋沢栄一ってどんな人?
日本経済の父と呼ばれる人物。江戸時代後期に農民の家に生まれる。明治維新後、官僚として政府の仕事に従事した後、実業家に転身。サッポロビール、王子製紙、東急など現代でも存続している数多くの企業を設立した。
論語ってなに?
紀元前500年頃(今から約2500年前)の中国の学者、哲学者である孔子が遺した書物。現代にも通じる考え方、物事の捉え方を数多くの弟子に伝えたものを弟子たちが編纂した。格言「子曰く己の欲せざる所は人に施す勿れ」はあまりにも有名。誰しも一度はどこかで見聞きしたことがあるだろう。
論語と算盤の大まかな内容
論語と算盤の内容は全10章。
それぞれの章立てはこの様になっていて、カンタンにキーワードでまとめるとこんな感じです。
第1章 処世と信条
└ 日本人の商売下手と自身の身の程に合わせた生き方
第2章 立志と学問
└ 物質的豊かさと精神的な貧しさ。小事こそ大切に第3章 常識と習慣
└ 物事を知恵、心情、意志の3軸で考える「智・情・意」
第4章 仁義と富貴
└ 利益だけを追い求めても道徳心だけでもダメ
第5章 理想と迷信
└ 年齢を重ねても志だけは「世を良くするために」
第6章 人格と修養
└ 西郷隆盛とのエピソード
第7章 算盤と権利
└ 資本家は思いやりが肝心。商業道徳を尊ぶべし
第8章 実業と士道
└ 武士道こそ実業道に通じる。欲することは悪ではない
第9章 教育と情誼
└ 当時の教育の問題と女性への教育の奨励
第10章 成敗と運命
└ 仕事の向き合い方。逆境を嘆かず、順境に驕らず
どの章も現代人にも通じるエピソード満載です。
日本人が商売下手さについて言及されたり
物質的豊かさと精神的な貧しさについて、なんて現代日本でも十分通じる話でした。
内容の細かいところは本書に譲るとして、僕が個人的に刺さったところをピックアップしますね。
「お金儲けと道徳心の両立」は夢物語ではない
全編通じて言っていることは「お金儲けと道徳心」は両立できるということ。
人間が「より多く、より良く」を欲するのはもはや否定できない宿業みたいなもの。
そしてその欲求こそが人類をここまで発展させてきたのは紛れもない事実です。
つい最近、アメリカの民間企業(SpaceX社)が宇宙ロケットを飛ばしましたよね。
打ち上げたロケットが垂直に着陸するなんて目を疑うような技術です。
(超ロマンありますよね!)
人類はもっと多く、もっと良いものを求めて豊かになってきました。
そして、その経済活動の多くは悪意ではなく、善意から発生したもののはず。
「こんなのあったら良いな」
「こういう物があればみんなもきっと助かるはずだ」
誰かの困り事や誰かの生活を豊かにすることで
自分も豊かになる。
経済とは本来そういうもののはずです。
金儲けが悪いことなのは「悪いやり方で金儲けをした悪い人間」の話。
一緒にしてはいけないのです。
物事を的確に捉え判断する「智・情・意」
作中でも屈指の重要ポイントです。
- 智…智慧(知恵)に基づいて調べる。
- 情…他社への情けを大切にして考える。
- 意…自分の意志をカンタンに曲げずにやり通す。
これ、とても良い基準だと思いました。
今の言葉で言えば、判断のためのフレームワーク。
何か迷ったときにこの三軸にはてはめて考えてみれば多くの場合、決断を下せるのではないでしょうか?
ネット検索したり、書籍から情報、データを集めて調査し、他者のためになるか思いやりを持って考え、最後に自分の意志や有りたい姿に照らし合わせて行動する。
どれか1つではもちろん、2つだけの軸で判断しては足りない。
3軸揃えば後で後悔しない判断ができる。
合ってるか、間違っているかわからないことでも、この三軸で考えて判断すれば大きく間違うことは無い気がします。
競争や衝突を恐れず「中庸であること」
渋沢栄一はあちこちで
他者と衝突をします。
もちろん
むやみやたらと争いをふっかけるようなことはしません。
しかしいざ他者と意見が合わなくても
自分の方に理があると思えば(つまり自分の智・情・意に沿っていると思えば)
譲らない。
正しい道に立っているのに悪と争わず、道を譲ってしまうほど、円満で不甲斐ない人間ではないつもりである。人間はいかに人格が円満でも、どこかに角がなければならない。古い歌にもあるように、あまり円いとかえって転びやすくなるのだ。
渋沢栄一. 現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)
これは僕はぐさっときました。。
僕も人と衝突するのは苦手。
納得できないことが合っても、「…わかりました」
と渋々受け入れてしまうことも多かった。
後で思い返して「なんか納得行かないなあ…」と。
良くないですよね。
後で言い出しても遅い。
自分の方に理があると思えばしっかり主張をすべきでした。
その点、渋沢栄一氏は誰が相手でも
自分に理があると思えばきちんと伝える。
例えば西郷隆盛氏とのエピソード。
当時、明治政府のひとりの公務員に過ぎなかった
渋沢栄一氏のもとへ西郷隆盛氏が現れた。
西郷隆盛氏と言えば明治維新の立役者のひとりで、明治政府でも大きな権力を持つ立場にあった。
西郷隆盛氏から様々な事情から、とある地方の財政の政策について「あの地方だけは特別にしてくれないか」と言われる。
しかし渋沢栄一氏は譲らず、西郷隆盛氏の方が折れた、という話があります。
※詳しくは本書論語と算盤の6章、「二宮尊徳と西郷隆盛」の段をご一読ください。渋沢栄一氏もさることながら、西郷隆盛氏の人柄も伺えるなかなか面白いエピソードです
渋沢栄一氏を説明する上で代表的な話でした。
誰かや何かに偏らず、中庸であること。
だからこそ、むやみに争わず、それでいて譲れないところは譲らない。
そんな絶妙なバランス感覚をもっていたからこそ、明治維新後と近代化の荒波の中で
渋沢氏は、数多くの実績を残せたのかもしれません。
その他にも
細かいこと、雑用こそ全てに通じる。
頼まれた小さな仕事を「こんな小さな仕事、俺の仕事じゃない」などと侮ってはいけない、豊臣秀吉も織田信長の草履取りから始まった。
最近見聞きしたことを大きく評価し、それに翻弄されてはならない。
流行りものが必ずしも良いものとは限らない。
順境(自分にとって追い風となる有利な状況)にあっても、逆境(向かい風の中にいるような不利な状況)に合っても、それはすべて自分に原因があると思えば良い。
などなど、色々ありますが、どれもこれも
現代の社会人にも通じる話だと思いませんか?
興味を持った方はぜひ本書をお手にとって読んでみてくださいね
自分が手掛けた仕事で、お金をいただくことは悪いことでもなんでもない。
僕は過去の職場の社長からこう言われたことがあります。
「仕事はカネじゃないんだよ」
「仕事の報酬は仕事だよ」
なるほど。
たしかにそうかもしれない。
…と当時の僕は思っていましたが、それは浅はかでした。若かったのです。笑
なぜなら、そう言われた当時の僕の年収は300万円を切っていました。
貯金すらままなりません。
徹夜したこともある。土日出勤したこともある。
手当は無し。ボーナスも出なかったことのほうが多い。
数人の小さな会社でしたし、その他色んな事情もあったので一概に責めることもできないのですが、僕は一つの真理にたどり着きます。
「儲けられない人に限って『カネは大事じゃない』と言う」
ということ。
アナタも「カネじゃないんだよ」という近くにいたら気をつけてください。
その人、ちゃんと稼げている人ですか?
「カネじゃないんだよ」という言葉は本来稼ぎきった人だけが言える重い言葉です。
…もっとも、稼ぎきった人はそんなことを他人に言ったりしませんが。笑
こんな問いかけがありますよね。
「お金を儲けること」と「仕事のやりがい」のどっちが大事?
一度は誰かに言われたり、考えたりしたことないですか?
これについて答えます。
心してお読みください。
この記事を読んでいるアナタ、今日これだけは覚えていてください。
「儲けること、やりがい、どっちも大事に決まっとるわ!」
ということ。
要は割合、程度の問題。
どっちかだけの2択を迫ってくる状況はそもそもおかしい。
報酬のあるなしを受ける側が選べない状況なら
マトモな取引ではありません。
その仕事は本来、断るべきです。
それは仕事じゃないです。
ビジネスは売り手も買い手も対等なはず。
お金を払っている方が偉いわけじゃない。
だって報酬の見返りにアナタはサービスか商品を提供しますよね?
取引とは相手から提供される資産と同じ価値を持つこちらの資産の提供で成り立つものですから。
(簿記をちょっと勉強するとわかります)
つまり
自分が提供する価値に見合う報酬をもらうことは悪いことでもなんでもありません。
ごく普通なことです。
ただし。
「けして暴利を貪るな」ということ。
こっちが暴利を貪るならそれはそれで
渋沢栄一氏の言う正しい商売ではないのです。
まっとうな取引をしましょう。
まっとうな商売をすること、とは。
報酬はもらったほうが良いものではなく、もらわないといけないもの。
ただし「まっとうな仕事をした結果の報酬」であること。
これが大事です。
相手が一方的に損をするような取引や、その逆にアナタが一方的に損をす料な取引は行ってはならない。
お天道様に顔向けできないようなことはしない。
しかし、この点が実は難しい。
例えば。
1%の利益ならまっとうか?
5%は?10%は?
30%の利益ならどうか?
いったい、誰がどうやって線引するのか。
基準はなにか。
さすがに「何%の利益ならまっとうな商売です」
とはこの本にも書いてありませんでした。
そりゃそうでしょう。
商売の内容や取引相手の状況によって変わります。
これは一概に言えない。
クルマひとつでも数十万円のものから数億円のものまでありますよね。
利益率もピンきり。
金融業を例にあげれば
と法律で規定されていますが、金融業以外の商売でこれを参考にするかは微妙なところです。
僕も考えてみましたが、ここで考える一つの基準として「智・情・意」です。
この3軸で考える。
- 他の似たような取引の相場を調べ、
- 相手の懐事情を察しつつ、
- 自分が貰いたい額を言ってみる、
というところになるかなあと。
これは難しい問題ですね。
ちょっと気になったこと
全体的に良書だと思いますが、少々気になることもあります。
文体がちょっと砕けすぎ?
「ソースが料理にあっていないもの…」
「物事の善悪や、プラス面とマイナス面を見抜けない…」
など流石に現代語に訳し過ぎかな?
と思った箇所もちょこちょこあります。
まあこれはご愛嬌ですね。
おかげで僕は読みやすかったですし。
さすがにちょっと古い概念のところもある
ほとんどの内容は現代でも通じる内容でしたが、
「親や目上の人にとにかく従うべし」
という意味合いの内容があり、これはちょっと慎重に考えたほうが良いなと思いました。
もちろん、親や目上の人の意見に耳を傾けるのは重要です。
しかし、明治時代に良しとされていたこの文化は、昭和、平成、そして令和と変遷する時代で
ごく一部の年長者が都合の良いように捻じ曲げて使用してしまった点もあるのではと。
渋沢栄一氏が「年長者を重んじよ」としたのはけっして若い世代の人たちを消耗させるために伝えたはずではないと思います。
今の日本の若い世代の人達がなんとなく、夢も希望を持てなくなってしまっているように見えるのは社会にカッコいい大人がいないからではないか。
これはアラフォーの僕も含め、年長者は反省すべきだと思っています。
むやみに若者に自分たちの価値観を押し付けず、若い世代の人たちが自然に
「あんな大人になりたい!」
「社会人てカッコいい!」
こんな風に思ってもらいたいなと。
押し付けではなく自然に。
そのためにはときに目上の人の言葉や振る舞いに疑問や異論を持っても良い。
特に今の日本社会ではそれくらいの
鋭い感覚を持って社会を見る視点があっても良いと僕は思います。
渋沢栄一氏の生きた時代では、急激な近代化と国際化に伴い、一部の若い世代の人の中に、指導者や年長者に対して軽んじたり、無意味に噛み付いたりしている人がいたようです。
いわば「近代化カブれ」。
今で言えば「間違った意識高い系」みたいな感じかもしれませんね。
「人生とは重荷を背負って遠い道のりをゆくこと」…ではないと思う。
本書文中に何度か登場する
かの徳川家康の言葉
「人生とは重荷を背負って遠い道のりをゆくこと」
人生とはそのようなものだ、と記述されていますが、
僕はこれには反論したい。
そりゃ確かに大変なことは多い。
しかし人生を「重荷を背負って生きていくこと」だと感じるかどうかは、その人の心次第ではないでしょうか。
どんな環境、どんな状況にも、「苦しい、辛い、もう嫌だ」と思ってしまう人もいれば「何か工夫できることは無いかな?できることはないかな?」と楽しさを見つけるように生きる人もいます。
重荷を背負っているかもしれないが、重荷を「重い重い…」と感じて生きるのか、足元の花や、はるか遠くの山や海を見て「きれいだなあ」「美しいなあ」と感じて生きるのかは自分で選べるはず。
日本人の「生真面目さ」は良いところでもありますが、悪いところでもあると思います。
どうもいろんなことを生真面目に考えすぎではないかと。
令和になり、時代も変わってきているところでもありますし、下ばかり向いて歩くよりも
前や上を向いて生きるようになりたいな、と。
少なくとも僕はそう思いました。
まとめ:社会人1年生でもアラフォーでも、いつ読んでも学びがあるビジネス書の名著です!
というわけで論語と算盤の感想でした。
改めてですが、全編通して
- 「商売をするならまっとうな方法でやる」
- 「お金儲けは悪いことじゃない」
- 「世の中を良くすることと、お金儲けは両立できる」
についていろんな角度からアプローチして説明する本。
流行り廃りの激しい現代のビジネス書の中で、とりあえずここに書いてあることを基本にすれば間違いはないだろうと思える内容でした。
ロングセラーなのも頷けます。
新社会人が読んでも、きっと学びはありますし、会社づとめ約20年の僕のようなアラフォーが読んでも
学びがありました。
むしろ年を取れば取るほど、この本に書かれたことが理解できるかもしれませんね。
それにしても渋沢栄一氏の
鋭い洞察力には驚きです。
平成元年(1989)と平成30年(2018)の株価時価総額の比較です。↓
かつて日本企業の株価時価総額は世界的に見ても
眼を見張るものがありました。
上位50社の中で数多くの日本企業が名を連ねており、まるで日本国内のランキングかと思うほど。
2020年代の今、見る影もありませんね。
バブル景気に浮かれ、将来への投資をせず、せっかく築いた富を消費、いや浪費してしまった。
日本人は商売が下手。
経済優先で道徳心が置き去りになっている。
…100年前と同じ状況になっていませんかね。
大丈夫か日本。。
とまあ、嘆いてばかりもいられない。
僕らは僕らでやれることをやっていきましょう。
千里の道も一歩から。
~そう信じてさえいれば「人事を尽くして天命を待つ」――自分ができることをすべてしたうえで、天からくだされる運命を待つ~
渋沢栄一.現代語訳論語と算盤(ちくま新書)
天命を待つには人事(じんじ)をつくさねばなりません。
つまり
「人それぞれがやるべきことをやろう」
ということ。
そうすればいずれ天命(運命)が動く時が来るというもの。
というわけで
アナタもアナタの人事をつくす準備として、論語と算盤、ご一読いかがでしょう。
- ビジネス書をいっぱい読んだけど、身になってない…
- たくさんビジネスの本あるけど言ってることがみんな違ってて何が大事かよくわからん…
- 「これだけは読んで損はない!」ていう鉄板のビジネス書って無いかな?
そんなアナタの一歩になる
ビジネス書の鉄板の一冊です😊